新宿か渋谷か

休日の買い物でうろつく街というのは,だいたい普段自分が利用している鉄道の沿線だったりするけれど,僕が休日に都内で買い物をしたり,時間が余ったときにうろつくのは,新宿か渋谷.

新宿と渋谷とどっちが好きかと問われれば,僕はどちらかといえば渋谷なのかな.街の雰囲気としては新宿の方がまだマシだと思うのだけれど,新宿には僕の行きたい店があまりない.

渋谷で僕が行く店は大体決まっていて,道玄坂のヤマハとセンター街のHMV,あとはたまにブックファースト,PARCOの中の無印,LOFT.逆に言うと,それ以外の店にはほとんど入ったことがない.

入社したての頃は,ゼンモールとかアメリカ屋で服を買ったりしてたけど,最近行ったら,センスが全く合わなかった.昔は若かったんだな...(*_*)

逆にいうと,結構高くつくけど服とか買うんだったらやっぱり新宿.

でも,僕的には服を選んでいるときより,楽譜やCDを物色しているときの方が楽しかったりするので,渋谷に通うことが多いという感じ.

おかげでいつからか,HMVのメンバーズカードはゴールドになっていた.見れば,ゴールドは年間購入金額が10万円以上相当だそうで,そんなにCDばかり買ってたっけか??

確かに,最近CDとDVDが急増して,置ききれなくなったやつが,かなり本棚からはみ出し始めているのは事実.まあ,例によって買っているのはクラシックばっかなんだけどね.クラシックCDは演奏時間あたりの価格が安いので,どうしても枚数が増えがちなのだ.

渋谷のHMVは23時までやっているのも,なかなかいい感じ.ダブルポイントデーとかトリプルポイントデーとか聞くと,何を買うかも決めずに,ついつい,様子見に行ってしまうわけで...

完全に店の戦略にはまってるな.

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ヴァイオリンの練習・番外編

僕は今,平均して月2回ぐらいレッスンに通っています.先生の家が自宅より会社に近いこともあって,大体の場合,仕事帰りに通っています.

レッスンを受けることの効用とは,

<練習のペースを作ることができる>

このことに尽きると思います.

レッスンでは,先生には音程が悪いとか,肘が下がってるとか,左手の運指がおかしいとか,変な癖がついているとかいうことを指摘してもらえる機会もありますが,基本的にはずっと,僕の演奏を聴いて,オッケーとか,もう一回やってきてとか,コメントするだけです.

つまり,レッスンの時間に先生から何か新しいテクニックを教わることが重要というよりは,レッスンという本番に向けて,自宅で練習する時間に重要な意味があるのです.

そんなことに毎回レッスン料を払うのか,とも思えるかもしれませんが,このレッスンという本番を定期的にも設けられることに重要な意味があって,それはウン千円を払う価値のあるものなのです.

オーケストラとかの活動をしていれば,定期的に練習するとは思うのですが,基礎練を自主的にみっちりとやるようになるかというと,僕の場合は,なんとなく曲ばかり練習してしまって,なかなか基礎練を順番にこなしていくペースを作りきれないでいました.

それに,ある練習テーマが完成していないのに次々といろんなメニュー(教材)を中途半端にさわってしまって,練習の効率が悪かったように思います.

でも,毎回のレッスンのたびに「次はここまで」という目標を設定してもらえると,次回のレッスンまでにその目標をきちんと仕上げ,自分以外の人に聞いてもらうのだ,という動機を作ることができます.

それに,レッスンの日までに完成させないといけないという気持ちがあると,仕事に疲れて家に帰ってきても,何とか練習せねば,という気持ちを引き出すことができます.

自主的に目標を設定していたら,僕の場合,きっと「今日は疲れたから練習ヤメ」とか「これぐらい弾ければ,まあ,いいか」なんて考えて,あまりストイックにはやらないと思うのです.

だから,僕にとってはレッスンが重要なペースメーカーになっているというわけです.

もう少し話を深めると,要するに,レッスンを受けるときの心構えとして,とても当たり前なことですが,「レッスンを受けたら何とかなる(してくれる)だろう」という考えは有り得ないということです.たとえレッスンを受けたとしても,他力本願じゃ上達はしません.結局は自分でどれだけ努力するかにかかっているのです.

その努力をアシストしてくれるのが,レッスンであり,その努力に貴重な時間を割いてコメントして下さるのが,先生,というわけです.

もちろん,表現方法で分からないことがあったり,技術的に難しい奏法があったときには,色々と助言してもらえて,とても参考になります.でも,それもあくまでヒントにしか過ぎないので,やっぱり練習しなきゃ弾けるようにはならないのです.

自分で言うのも何だが,なんか説教くさい日記だな...

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初心忘るべからず

僕が自分自身のことで恐れること,それは,自分が知らず知らずのうちにおごり高ぶった人間になってしまうということです.

役割や立場が変化することによって,視点が変わり,人の気持ちがくみ取れなくなってしまうということ.

それまでは自分も感じていた思いであるはずなのに,状況が変化すると,すっかり過去のことは忘れてしまい,安易な現在の状況に甘んじてしまうこと.

かつて自分が感じていたことと同じ思いを感じている人がいるにも関わらず,その人の視点に立って,その人の気持ちを顧みることができなくなること.

そうして,結局自分は自分の利益しか考えられない自己中心的な人間なのだということに気付き,自己嫌悪に陥ること.

子供の頃から何度となく繰り返していることなのに,自分自身の気持ちにちょっと慣れがでて,考えることを緩めると,すぐに調子に乗ってしまう僕の悪い癖は,未だに全く改善されていません.

慣れとは恐ろしいものです.周囲への配慮がおろそかになり,結果的に横柄な態度と感じてしまうような振る舞いを誘発してしまう可能性を持っています.

精神的に痛い目にあったり,凹まされたりするのは好きではありません.

でも,変な自我やプライドをつけてしまわないように,自分の過ちを他人から適切に指摘してもらって,謙虚な気持ちを保ち続けることが必要だと思います.

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ヴァイオリンの練習・その2

順番通りいくと,今日はその2ということで,スケールの練習の話ですね.

僕の勝手な思い込みでは,スケールの練習をまともに必要とするのは,ヴァイオリン属の弦楽器ぐらいじゃないかと思ったりするのですがどうなんでしょうか.

スケールの練習とは,僕の場合,ひたすら各調の音階を遅いスピードから速いスピードまで,何も考えずに正確な音程で演奏できることを目標とします.

長調と短調を交互に,フラットの数を1つずつ増やしていって,フラットが6個になったところからシャープが6個に変わって,シャープを1ずつ減らしながら,また元に戻っていくという,峠越えみたいな練習になります.

スケールの練習の楽譜は,至って無味乾燥としたもので,こんな規則的なら楽譜なんていらないんじゃないの,と思ったりするのですが,まあ,楽譜があった方が練習はしやすいです.

でも,あんまり調号の多い調になると,いちいち調号のついた音を頭の中で変換するのが面倒になり,かえって楽譜を見ないでポジションをずらした感覚で演奏した方が楽だったりして...これでは勉強になりませんかね.

スケールの練習のポイントは何かというと,やはり各調ごとのポジションの移動と,そのポジションに合った指の間隔,指を開くところと,狭めるところの把握といったことだと思います.要は,正確な音程で下から上まで演奏するってことです.

単に音階だけでなく,毎回アルペジオもあるので,こちらは特に,各ポジションごとの手の形が,美しい分散和音を奏でるために非常に重要になります.

僕にとっては,セブシックで指の形を整えた後に,それに加えて,スケールでポジションごとの肘の角度と手の形の感覚を整える,といった練習の位置づけです.

小野アンナの教本だと,大体2オクターブから3オクターブぐらいのスケールをやるのがメインの練習になっていて,それに加えて,重音やフラジオの練習なんかが入ってます.

弦楽器で音程をとるときには,簡単な調の場合には,ポイントポイントで押さえた音に共鳴してくれる開放弦があるので,共鳴している音を確かめながら演奏していれば,そうそう調から外れた音程で演奏してしまうようなことはありません.

でも,難しい調になると,1オクターブの中にまったく共鳴する音がない,なんてスケールもあったりするので,そんな場合には,上の音まであがって,戻ってきたら半音高くなっていた,なんてことが起こったりします.

響いちゃいけないはずの音が響いちゃったりすると,音程がずれたことが分かったりします.

変に倍音の鳴りすぎる楽器だったりすると,どの音でも倍音が鳴っちゃって,非常に演奏しづらくなったりします.

重音の練習は,どうなんでしょう.基本的には各ポジションごとの手の形が把握できていれば,そんなに難しいことではないと思います.

ただし,オクターブ以外の練習では,2つの指の間隔が広がったり狭まったりするので,その出現パターンをちゃんと把握できないといけないのが,難しい要素でしょうか.あとは,2本の指を同時に押さえると,二兎(音程)を追う者は一兎(音程)をも得ず状態になりがちなので,確実に二兎をゲットできるように,指を鍛えるってことが重要です.

音程の話をし始めると,また純正律と平均律の話にハマルので省略しますが,僕のモチベーションとしては,ヴァイオリンの独奏で練習するときは,基本的に純正調の感覚で演奏したいと思っています.音の響きが気持ちよいから.

というわけで,だいぶ長くなりましたが,やっぱスケールは正確な音程で音楽を奏でるための基本だと思います.練習している曲と同じ調のスケールをやる(もちろん正確な音程で)だけで,かなり聞き映えのする演奏に変化しますから.

昔は楽譜が無味乾燥としていてつまらないと思ってきたスケールですが,極めるにはなかなか奥が深く,こだわり甲斐のある練習なのです.

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ヴァイオリンの練習・その1

ヴァイオリンの練習をするときの定番メニューというのは下記のような感じです.

1.左指をほぐすための準備運動,移弦

2.スケール

3.エチュード

それぞれ教則本として定番なのが,

1.セブシック

2.小野アンナ・ヴァイオリン音階教本

  カールフレッシュ

3.カイザー

  クロイツェル

  ドント

  ローデ

こんな名前のものたちです.

全部説明をするとかなり長くなるので,今日はとりあえず1について説明しようと思います.

ヴァイオリンには,ギターのようにフレットがありません.したがって,迷いなく正確な音程で曲を奏でるためには,正確な指の間隔を体に覚え込ませる必要があります.

さらに,人間の手の構造上,指によって動かし易い指と,動かしにくい指,開きやすい指と,開きにくい指があります.例えば指先を全てテーブルにつけたまま,薬指だけをテーブル上で上下させるのは難しいですし,人差し指で低い音を押さえたまま,小指で高い音を押さえようとすると,人差し指と小指とが最大限離れるように,指を思いっきり広げなければいけません.

このような,人間の解剖学的な弱点を補うために,手の筋力を鍛えたり,一本一本の指の運動の独立性を高めたり,指の関節の柔軟性を高めるのが,1の練習なのです.

実際には,4分音符や3連符で構成される小節を,メトロノームを聞きながら,3種類のスピードでひたすら繰り返し演奏します.3種類のスピードが終わったら,次の小節に移る,というように.

1小節分の音の連なりは,何のメッセージ性もない,きわめて幾何的なものなので,こんな練習を30分も続けていると,精神は無の境地に達します.自分の手がロボットにでもなってしまったかのような.

はっきり言って,苦行,修行とも呼べるような無味乾燥としたものなのですが,侮る事なかれ,セブシックをやる前と後では,指の動きやすさが断然向上します.

昔,レッスンを受けていたときには,こんなことをするためにヴァイオリンを弾いているんじゃないのに,と思ったものですが,今はこのストイックさ,効率の良さに惹かれて,結構集中して取り組んでしまいます.

音楽でも,筋トレ,柔軟体操はとっても重要なのです.

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