楽器の練習とは...

演奏会以来,若干燃え尽き気味でもあり,環境が落ち着かないということもあり,しばらく楽器を触っていなかったのですが,ふとした事からバッハの無伴奏が弾きたくなり,今日は思い立って練習をしてみました.

面白いもので,自分が聞きたいと思う曲は一定の時期を置いてローテーションしていきます.少し前までは,バッハの無伴奏のような混みいった音楽は疲れてしまって頭が受け付けなかったのですが,しばらくぶりに聞いてみたら,結構すんなりと心に入ってくるようになりました.

おまけに,弾きたくなって来たので,練習することにしたのです.

バッハの無伴奏は中学校ぐらいの時にパルティータの3番の1楽章が教本に載っていたのを弾いたのが初めてです.だから,まあ,親しみは無くはないのですが,これまで何度も,何度も挫折してきました.根気がないのが最大の原因なのかもしれないですが,あとは,基本的な技術が追いついてきていなかったということがあると思います.例えば,単音の正確な音程さえ取れない状態で弾くのは,はっきり言って無謀です.重音を追っているうちになんの曲を弾いているかわからなくなって,途中で疲れてしまうからです.

パルティータ2番のシャコンヌなんかは比較的有名で,憧れる曲の一つですね.かく言う自分も今まで何度も挑戦してきましたが,大体練習しているうちに疲れ果てて,1曲通し終わる前に力尽きていました.で,今日やってみた感じはというと,前よりは弾きやすくなっていました.今自分がどんな構造の曲を弾いているのかが意識できるようになってきたので,少しは余裕を持って引けるぐらいに技術が身についてきたってことなんでしょう.

昔は,こんな長い曲弾けないよと思っていた自分ですが,この間やったマーラーに比べたら圧倒的に短くて,これなら弾けなくないよな,と思える,より広い視点が持てるようになってきました.

後はそうですね,4本の指じゃ足りないと思わせる程の重音をどれくらい余裕を持って弾けるかということなのですが,自分の考えでは,あらゆるポジションで的確に指を押さえられる感覚を身に付けることに尽きます.ちゃんとポジションが分かれば,後はその組み合わせなので,単音から重音になるところで混乱せず,頭をクリアに保っておけば何とかなるのです.

曲全体の中で,ここさえ弾けるようになれば通せる,と思えるぐらいに全体の曲の見通しが良くなってきたので,あとちょっと頑張れば結構いい感じになりそうな雰囲気になってきました.

ヴァイオリンの練習で重要だと思うことは,何かモヤモヤしている部分に見て見ぬふりをすること無く,そういう箇所を敢えて凝視して,どうやったら弾けるようになるのかを,腰を据えて考えることだと思います.オケの曲の練習でもそうです.何となく通せたからとか言って,本当はちゃんと弾けていないのに通りすぎて,弾けない自分を見て見ぬふりするのは最悪だと思います.後は,オケの曲とかで休みの後に入るタイミングなんかにしてもそうです.曲を聞きながら楽譜を眺めていたって,理解の怪しくなった自分に注意を向けておかないと,なんの意味もありません.

弾けない自分を凝視して,弾けるまで突き詰めないと,人に聞かせる演奏にはならないと思います.

1日24時間では足りないような,慌ただしい世の中に生きているとは言え,見てくれの成果や,いい加減な仕事をして,スピードばかり追い求めるのはどうなんだろうと,いつも思ってしまいます.これは,これまでの自分自身に対する反省です.スピード重視で効率良くやったかのように見えても,オリジナリティが無かったり,成果の価値が少なかったりしたら,結局時間の無駄になってしまうわけで,結局は,じっくり考えて,真理を見ぬいて時間を費やすことが,最も効率の良い方法だと思うのです.

楽器の練習なら,いきなり速いスピードで何回繰り返したって弾けないのに,ゆっくりしたテンポから練習し始めると,いつの間にか,とても弾けないと思っていたテンポで弾けるようになっているのと同じ事です.

ともすれば,見てくれの効率で仕事をして,本質的でない成果を沢山出すことばかりが評価されるような世の中ですが,そんな潮流に流されることなく,じっくり考えられる自分でいたいと思います。

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楽器の練習とは... への2件のフィードバック

  1. Yuichi Hasegawa on Facebook のコメント:

    このお話とかなり似た話で、先週仕事に関するお説教をもらいました。

  2. Kuniaki Noda on Facebook のコメント:

    そうですか〜.なかなかストイックですね.

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