たまにはこんなことも書きます

最近の目下の悩み.会社オケの運営がなかなか軌道に乗らないこと.

何を決めるにも異様に時間がかかる.鈍感力の弱い僕には精神的ストレスがたまるばかり.

仕事の合間に時間を作って推進する活動だから優先順位が低いのは仕方ないのは正論なのだが,決めるべき事は決めないと時間がなくなるし,時間切れで問題が起きればきっちり責任を問われるので,優先順が低いなんて言ってられないのが実情.

運営なんてボランティア活動みたいなものなのに,なんとも理不尽な役回りだと思う.

結局,気付いたら誰かがやらなきゃ先には進まないんだ.

でも,自分一人で出来ることならまだマシだけど,オケは一人で運営できるようなものではない.みんなの協力があって実現するもの.だからこそ,スムーズな運営には関係する人々がみな当事者意識を持って協力しないといけないというのに,なかなかそうなりはしない.

期限を決めてやると宣言したことぐらい,きちんとやって欲しい.出来ないと分かっているような宣言なら初めからしない方がまだマシだ.むしろ,出来ないとハッキリ言ってくれ.

一人のメールの返事が遅れることが,全体の遅れにつながるという意識を持っている人はどれくらいいるだろうか.ちゃんと期限までにメールの返信をしないような人には,運営に文句を言う資格はない.

僕がせっかちすぎる可能性は十分あるのだが,いい加減我慢も限界,献身的なお人好しにも限度があるってものです.

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無駄な買い物

この間の週末,例によって楽譜を買いに行ったら,間違えて「運命」のスコア2冊目買っちゃいました...

それもベーレンライター版の全く同じやつ.というわけで,日本の出版社のもの比べて結構値段が高い.

前に1回やったことがあるから,もしかしたらあるかも,と普通は思うはずなのですが,その時は何も考えずに自動的に動いていました.仕方ないので,もう一冊は本棚の奥にしまっておくことにします.

話はちょっと変わりますが,最近所有しているCDの枚数が増えてきたせいか,別のCDを買ったつもりだったのに,収録されているものの音源が実は既に持っているものと同じだったということが起き,損した気分になることがあります.

CDの中身がまるまる同じでジャケットだけが違うということは,さすがにないのですが,ペアになっている曲の片方がかぶっていて,CD1枚分のお金を払いながら,実質半分しか購入した意味がない,ということはよくあります.

なので,最近はCDジャケットの裏の録音年月日とアーティストのチェックは欠かさず,注意深く買うようになりました.

逆に,既に持っている曲でも,あえて違う録音を買って,聞き比べたりするようにもなってきました.

ここでもだいぶマニアック路線に踏み込みつつあります.マニアに走るのは,僕の生まれ持った性なのかもしれません.

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写真アップ開始

去年行ってきた,ヨーロッパ旅行の写真をフォトアルバムに順番にアップすることにしました.

今年はユーロ高過ぎ(1ユーロ=168円!)なので行く気が失せてますが,安くなったらまた行きたいなーと思ってます.

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ピカルディの3度

昨日に引き続き音楽ネタですが,ピカルディの3度って知ってますか?

バロック音楽を聞いていれば,絶対に一度は聞いたことがあるはずです.短調の楽曲なのに,最後の音だけ長調の和音で終わって(同主調の主和音で終わって),ひときわ明るく感じられる,アレです.

ネスカフェの「ダバダー」のCMソングもそうだし,昨日紹介した平均律クラヴィーア曲集なんかことごとくピカルディ終止しちゃってます.

あんまりこればかり聞いていると,ピカルディー終止のありがたみが薄れてしまうのですが,ずっと短調のメロディーで鬱々としているところに,最後パッと光がさすように和音が響くと,何か救われたような気がして,とても爽やかな気持ちになります.

中世ヨーロッパの教会旋法(音階や旋律を作るときの作法みたいなもの)の考え方として,このピカルディー終止は,神の世界への救済を象徴するものとして用いられていたのだそうです.

クリスチャンではない僕でも,音楽を聞いただけでそのイメージを描くことができるのですから,音楽とは偉大な表現手段だなぁと思います.

形はだいぶ変わりますが,ベートーヴェンの「運命」は第4楽章が突然長調に転調しますよね(c-mollからC-durへ).これもやはり同主調に転調しています.

この曲の場合は,宗教的な意味合いより,人間に降りかかる理不尽な運命や苦悩がテーマとなって作曲されたような,かなり人間くさい曲ですから,だいぶ宗教色は薄れているとは思うのですが,それでも,少なくともこの転調からは,運命を乗り越えて,明日へ向かって生きようとする希望や力強さを感じることができます.

さらに,このように運命に打ち勝つ人間の生き様を,神の世界への救済の象徴であるピカルディの3度とオーバーラップさせてイメージすると,人間の姿でありながら非常に神々しいものとして描き出されているように感じられます.

というよりは,むしろ作曲者のメッセージとして,苦悩を乗り越える人間の姿とは,神の存在に匹敵するぐらい崇高なものであるという意味が込められていたのかもしれませんね(僕の勝手な想像ですが).

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平均律クラヴィーア曲集

言わずと知れた,J.S.バッハの鍵盤楽器のための前奏曲とフーガの曲集です.

何とも理屈っぽいタイトルですが,そもそも何かのテーマや印象を音楽にしたというよりは,音楽理論を構築して出来た音楽という感じなので,必然的なネーミングだと思います.バッハが作曲したエチュードとでも言いましょうか.

ピアノを弾く人にとっては,ヴァイオリン弾きの無伴奏ソナタとパルティータみたいな位置づけなんでしょうかね?

ちなみに,第1番はグノーのアヴェマリアの伴奏に使われているから,知っている人も多いと思います.

CD屋に行くと,ピアノで演奏したものと,チェンバロで演奏したもの,2種類が売っています.

はじめてこの2種類を目にしたとき,平均律って言うぐらいだからピアノのための曲なのかと思ったのですが,バッハの時代にピアノがあったはずもなく,だとすると,チェンバロを平均律で調律するなんて変なことをやってたのかいな,とも思ったのですが,実際のところは,この「平均律」とは現代で言うところの1オクターブを12等分するという意味での平均律ではないそうです.ていうか,日本人が誤訳しただけらしい.

僕がこの曲が好きな理由は,人の感情的な思惑とかが一切感じられなくて,まるで蒸留したかのように非常にピュアな音楽であるからです.本を読むときに流していても思考の邪魔をしないし,かといって頭を休めたいときにはスーッと心に染み込んでくる,この心地よさがいいのです.

この曲を気に入った人は,さらに「フーガの技法」という曲を聴いてみることをお勧めします.バッハの中でもかなりマニアック路線を行っていると思いますが,対位法を駆使して綿密に構築された音楽は,聞けば聞くほど,その創造性が垣間見えてきて,聞く人に驚きを与えてくれます.

まあ,眠くなったら難しいことは考えず寝てしまいましょう.心地よい音楽を聞きながら眠れることほど幸せなことはありませんから.

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