青い音符

仕事がめちゃくちゃ忙しいにもかかわらず、ブルーノート東京でジャズを聴いてきてしまいました。

ブルーノートの存在は、高校時代からJ-WAVEで度々耳にしていて、有名人がいっぱいやってくる正統派なライブハウスなんだということは意識していましたが、実際に入ったのは今日が初めてでした。

今日、聞きに行ったのはジェーン・モンハイトというジャズボーカリストです。当然の事ながら、非常に上手かったです。ライブで歌って、あんなに正確に歌えるんだなぁと、改めて実感しました。

クラシックとかのコンサートを聴きに行くことはあっても、ジャズのライブを聴きに行くということは今日が初めてなので、何もかもが未知の領域で、久々に新鮮な気分を味わいました。

何といっても面白かったのは、食事をしながら演奏を聞くという感覚です。演奏中に食べたり飲んだりしていいものかと、色々考えてしまいましたが、まあ、あまりがちゃがちゃ音を立てなければ大丈夫なのでしょうか、お腹も適度に空いていたので、演奏の間、ずっと断続的にむしゃむしゃ食べていました。

このホールの魅力は、ステージと客席の距離がとても近く、プレイヤーと観客との一体感があるということでしょう。クラシックの演奏会にはない、この距離感、まだ味わったことのない人には、是非お勧めします。楽しいですよ。

今日のアルコール度数:★★

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どうでもいいことを2つほど

すごーくどうでもいいことなんですが、エスカレータの階段部分のスピードと、手すりのベルトのスピードに差があるのが、ものすごく気になります。

どれだけの人が気づいているのか分かりませんが、絶対にスピード差があります。これは、僕が小学生ぐらいの時からずっと気になってきたことなのですが、未だに直っていません。

普通に手すりに手をかけているだけなら問題ないのですが、手すりに上半身をもたれかけるとよく分かります。上半身だけ、どんどん先に行ってしまい、体が引き延ばされるのです。

もういっこ、どうでもいいことなのですが、山手線の車両の中でやっているマイクロダイエットのCMがやたら多いのが、ものすごく気になります。

他のCMはすぐに入れ替わるのに、マイクロダイエットのCMだけ年がら年中やっています(一応登場人物は変わりますが)。で、毎朝、毎晩お目にかかり、まるで別人になったかのようなダイエット成功例を目にして、少しびっくりします。

最初の頃は、「全然やせきってないじゃん」とかつっこみを入れたくなったものですが、最近はかなり劇的な変化をしている例が続出しているので、ただただ驚くばかりです。

周りの乗客とかも、そのCMが映し出されると、会話がその変化ぶりをみて驚く会話に変わる率が高く、実は山手線のCMで、ものすごく売り上げが増えたんじゃないかと思います。

この手のCMは見た目勝負なので、音が出ない山手線で放映するのがうってつけなのかもしれませんね。

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ジャズやるべ

最近忙しいので今日は出社デーだったのですが、さすがに休みの日までみっちり仕事をする気分でもないので、早めに切り上げて家でSwing GirlsのDVDを観ました。

僕は中学、高校と吹奏楽部(後半は室内学部)に入っていたので、何というか、映画のちょっとしたシーンから、記憶に残っていた昔の練習風景がよみがえってきて、とても懐かしい気分になりました。

練習の始めに全員でロングトーンの音階をやったり、楽器ごとに教室に分かれてパート練習したり、校庭でサッカー部やら、野球部やらが練習している風景を窓越しに眺めながら、メトロノームに合わせて板を打ち鳴らし、ひたすらリズムを刻み続ける練習とか、天上に突き刺さったスティックの破片とか、教室に吹き込む風でたなびくカーテンとか、当時は日々何気なく感じていたシーンが、今はとても印象深い思い出として頭の中にはっきりとよみがえってきます。

当時は、試験対策や委員会活動や塾通いとか、こんなやっかいなことで日々頭を悩ますぐらいなら、早く大人になって受験のない生活をしたいと思っていましたけど、今思えばもっと日々の生活を味わって過ごしていれば良かったという感じがします。何か、とても生き急いできた気がします。

まあ、学生の頃は大人になってからの生活というものを知らなくて、今の自分の生活が全てなのであって、みんなそれぞれの年齢なりに精一杯生きているのだと思います。でも、将来どうやって今の自分を振り返るようになるのか、その感覚をあらかじめ知っていたら、もう少し生き方が変わっただろうなとも思います。

でも、それができないからこそ、ティーネイジャーの頃の自分を感傷的な気分で振り返ったり、思い出というものがとても大切なものに感じられたりするのだと思いますが。

最近、青春もの系の映画やら小説が結構楽しく感じられます。それだけ、青春と呼ばれる時期から遠ざかりつつある証拠なのでしょう。

えいがって、ほんとうにいいものですね。

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「ボク」が嫌いなわけ

誰でもそうだと思いますが、僕は文章を書くとき一人称を何て書こうか結構迷います。

自分の場合、今のところ一番多く使っているのが「僕」で、その次が「自分」、最後に「私(わたくし)」ぐらいだと思います。僕がまず使わないのは「俺」と「ボク」です。

「俺」を使わないのは、何となく自分のキャラに合わないように思うからです。そもそも、小さい頃から自分のことを「俺」と言ったことがないので、今さら「俺」なんて言ったら、すごくぎこちなくなりそうです。

「ボク」を使わないのは、この表現は気持ちが悪くて、生理的に受けつけないからです。雑誌のSPA!のタイトルに多用されていた印象が悪影響を及ぼしているのかもしれません。今や自分も20代後半ですが、学生の頃に抱いた、20代後半~30代の典型的サラリーマン的雰囲気がかもし出されたあの雑誌のオヤジっぽさに対する嫌悪感が、まだ自分の頭から離れないのです。

同世代の収入を比較したり、恋愛観・恋愛歴を比較したり、会社での不平不満を特集したり、日々いろんな事で同世代の平均的な生活事情を気にして、自分と比較しているかのような印象で、この世代を代表させている先入観があまり好きでないのです。

さらに、そんな人々を総称するかのように、「ボク」なんて書いているものだから、あえてこの表現をすることによって、他人に自分たちの世代のえもいわれぬ雰囲気を伝えようと媚びている感じがして、もしくは、同世代でその雰囲気を共有するかのような勝手な仲間意識が感じられて、その押しつけがましさが僕は気にくわないのです。

だから、僕は「ボク」という表現はしません。

「自分」とか「俺」という表現をこだわりを持って使っている人に言わせれば、「僕」という表現でさえ何となくヤワで軟派な印象を持つそうですが、自分はそんな硬派でもないと思うので、「僕」ぐらいの柔らかさがちょうどよいと思っています。

ちなみに、「私」はかしこまった場での発言か、文章でぐらいしか使いません。普通に「私(わたし)」という表現を使って、「わたしはチーズケーキの方がいいかな~」なんて言うと、ちょっと誤解されかねないと思うので。。。

というわけで、今日は一人称に関して考えてみました。意外と一人称にはその人の人柄や主義が現れているように思いますが、いかがでしょうか。

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平穏な睡眠を取り戻そう計画

花粉症シーズンまっただ中の今、例によって日々鼻と目の不快感に悩まされているのですが、僕の場合、どうも家に帰ってきてからの方が症状が悪化するように思います。

(ちなみに、風邪をひいたときもそうなのですが、家で調子が悪くても、会社に着いたとたん、何か治ったような気がするのは不思議です。)

日中、会社で過ごしているときには鼻づまりになっても、鼻をかめば何とかなるのですが。家にいるとき、特に就寝後とかは、鼻をかめないぐらい鼻づまりになり、非常に苦痛です。おかげで、睡眠時間は普段よりかなり少なく、浅くなり、昼間に睡魔が襲ってきます。

何が原因なのでしょうか。もしかしたら、花粉症で免疫系が敏感になっているので、ハウスダストとかに反応しているのかもしれません。最近はかなり念を入れて部屋の掃除をしているのですが、それでも効果がありませんね。

実はこの間の週末には、無印で見つけた比較的お手頃価格の空気清浄機を買おうかと思っていたのですが、本棚が重かったので断念してしまったという経緯があります。しかし、実際かなり参ってきたので、今週末はいっぱつ奮起して買ってこようと思います。

これで、平穏な睡眠が取り戻せるのなら、その生産効率向上に寄与する影響は絶大なはずですからね。。。

あ、そういえば今日はエイプリルフールですね。フフフ。

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