新たな航海に向けて

人生は囲碁の対局のようなものだと思うときがあります.

日々の歩みは,言わば小さなたったひとつの碁石です.それひとつでは何も表現していないし,価値はとても小さいものです.しかし,それまでに築き上げられた構造の上に打ち込まれたときの価値は,ひとつの石からは想像できない重みを持っています.石を継いで,自分の築き上げてきた価値を盤石なものにすることもできるし,時には相手を追い落とすようなこともできる.だから,大局的なイメージを持ちながら日々を過ごし,石を継ぎながら何らかの自分なりの構造を環境に築き上げていくという意味で,囲碁のセンスというのはとても人生の歩みと相性がいいと思います.

人生の場合は,囲碁の対局とは違って特別誰かと面と向かって戦っているわけではありません.戦っている相手は自分を取り巻く環境全てです.常に変化し,動き続ける環境の中で,いかに自分の起点を見つけ,領分を広げられるかがその戦いの価値を決します.布石で勢力地候補を広げ,中盤で取捨選択をし,寄せの段階で自分のそれまでの取り組みの環境中における位置づけを確定し,また次の対局に備える...人生の節目ごとに,こういう取り組みを繰り返しながら人間は成長していくのだと思います.

布石の段階で,あまり野心的に攻め込みすぎると,自分のカバー能力を超えて勢力地をまともに確保できずに終わってしまうし,あまり慎重に布石を打ちすぎても,小さくまとまるだけで能力を最大限発揮できないままに終わってしまう.自分の持ちうる能力と環境の厳しさ,その力のバランスを上手く見定めながら環境との間で綱引きをし,切り込めるレベルを判定していく.これが,人生を歩むということだと思います.

だから,常に周囲の環境や世の中の動きを,冷静な目で慎重に見定めることが必要なのです.それまで築き上げてきた自分という人間のポートフォリオをどう再配分し,運用していくか.限られた人生という時間の中で,時には冷静に,時には清水の舞台から飛び降りるような気持ちで投資判断を繰り返すことで,時に傷つき,時に心躍らせながら歩んでいくのです.

中盤から寄せの段階というのは,とても気持ちが良く,好きな段階です.最初は全く意味の分からなかったジグソーパズルのピースが,次々と空白地に埋まっていくように,物凄いスピードで状態が収斂していきます.現像液の中で印画紙が被写体を浮かび上がらせていくように,それまでの取り組みの価値が次第にはっきりとその輪郭を現してくるのです.

今の自分は,次なる人生への転換のために,これまでの取り組みの集大成を行っている状態,言わば寄せの終盤だと思います.幸いにして,今回の対局は環境と運に恵まれ,良い結果を残すことができました.何より,今回の結果を糧とすることで,布石をいくつか打った状態で次の対局を始められることが嬉しいです.

数年前にぼんやりと頭に描いていた,ほぼ計画通りに事は進みました.ポイントは,許容範囲が広くわかりやすいターゲットを定めること,身の丈を知ること,素直でいること,真摯でいること,そして時に焦ることだと思います.

計画を持たずに人生を歩むことほど勿体なく,恐ろしいことはないと思います.将来どうありたいという大まかなイメージぐらいは誰でも持っていると思います.それでいいのだと思います.何年でも何十年でも,ずっと思い続ければ,そのうち自然と実現するものです.そういうことが最近,次第に分かるようになってきました.

人生における経験で無駄になることなんて何もありません.上手くいったことも,上手くいかなかったことも,全てが次につながっていきます.毎日が本当に貴重な経験です.もう少し欲張って,人生における経験の希少価値を高めるなら,今までとは違うことにどんどん取り組むべきだと思います.様子が見えたり,見通しが立ったりしてきたら,もうその世界は十分経験したということだと思います.学んだことを伝承するためにその場所にとどまり続けてもいいし,まだ学びたいと思えば飛び出せばいい.もちろん,その辺りの価値観は人それぞれだと思うので,どっちがいいとは言いません.

僕は,自分の人生に起きた今までの出来事全てに感謝しています.苦しかったり,悲しかったり,ひどい仕打ちを受けたように感じたり,人より遠回りしたように思う事も本当に沢山ありますが,別に誰かを恨んだり,憎んだりしなければいけなくなるようなことは何もありませんでした.全ての経験が,自分の知らなかった色々なことを教えてくれたし,自分の知らなかった自分に気づくきっかけを与えてくれました.全ての経験が,それまで以上に自分を高めてくれました.

ネガティブな結果が出てきたら,それはポジティブな結果につなげるための方向転換のきっかけなのだと思うようにしています.ともすれば,そのまま惰性で歩み,自らの成長を止めてしまいそうな状態から救い出してくれるまたとないチャンス,それがネガティブな結果というものなのだと思います.

今,自分の目の前には新たな航海に向け,慌ただしく準備を整えつつある1隻の船が停泊しています.今度の航海は何年がかりになるのか,海は穏やかなのか,嵐に遭遇するのか,先の見通しはさっぱりわかりません.しかし,少なくとも自分がこうしたいという思いは鮮明に見えています.どこに向かうべきかもよく分かっています.幸いにして,今回の航海からは心強いパートナーが傍にいてくれます.人生のスケールがちょっとだけ大きくなる感じがして,まだ残されていたフロンティアへの冒険に一歩踏み出せることに,大きな喜びを感じています.

素直に,真摯に,感謝の気持ちを忘れず,これからも人生を歩んでいきたいと思います.

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